1984-04-18 第101回国会 衆議院 決算委員会 第7号
たまたま建設省の道路局の中でもそういう発想を持って勉強しておったわけでございますが、それならばひとついろんな有識者の方々においでをいただいて御教授をいただこうじゃないかということで、私の私的な諮問機関としてロードスペース懇談会というものを設定したわけでございます。その後だんだんと、電電公社の法案が国会に提出されましたし、世間がこういう問題に対して非常に注目をなさるようになってまいりました。
たまたま建設省の道路局の中でもそういう発想を持って勉強しておったわけでございますが、それならばひとついろんな有識者の方々においでをいただいて御教授をいただこうじゃないかということで、私の私的な諮問機関としてロードスペース懇談会というものを設定したわけでございます。その後だんだんと、電電公社の法案が国会に提出されましたし、世間がこういう問題に対して非常に注目をなさるようになってまいりました。
当初は情報列島研究委員会を設立するというようなお話のようであったように思っておるのですが、最近出てきたロードスペース懇談会、これと同じものではないかというふうに思うわけですけれども、この構想の概要と今日までの取り組みの経過について、時間がありませんので簡単で結構ですが、ちょっとお知らせいただきたいと思うのです。 〔主査退席、山下(徳)主査代理着席〕
その後、ハイジャックされた機は、レバノンのベイルート、それからキプロスのニコシア、トルコのロードス、ギリシアのミロス、各上空を経由いたしまして、それから北のほうに上がるのか、あるいは南に下がるのかということを非常に気にしておりましたが、結局南のほうに下がりまして、二十四日の午後三時三分、ベンガジにあるベニナという空港に着陸いたしました。